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みんな「ゆとり」が悪いのよ [この国のカタチ××]
雇用:10年春新卒者、半数以上就職できずまたは早期離職---毎日jp
その後がどうなっているかが分からないので軽々に断じることはできないものの、学卒者の50%から70%近くが3年以内には無職の状態になっているというのは深刻な事態ではなかろうか。だからこそ腰の重い日本政府も就職支援の拡充策をまとめようというのだが、その主因をひたすら求職者側に求めている時点で事態の好転は難しいと思われる。
若者の3年以内の離職率については以前から問題になっていたので、すべてが雇用の問題と言うことはできないが、「ミスマッチ」を言う前に、そもそも選択の余地が若者たちに与えられているのか、という議論は必要だろう。さしあたって、親の援助などで食うには困っていない人間に賞味期限切れの弁当を与えたとして、それを口にしないのは責められることだろうか。「自らの適性や就きたい職業を十分に検討」したところで、それに合った職業が提供されないのでは意味がない。確かに大企業志向は強いだろうが、では「採用意欲が旺盛な中小企業」は本当に就職先としてふさわしいところなのか(「中小企業」が悪いということではなく、「採用意欲が旺盛」=「離職率が高い」=労働環境に問題がある、という話だ)。
ちなみに、この話題を取り上げたあるテレビのニュースでは、「ゆとり」教育の影響と指摘する声もある、と述べていた。確かにそういう声は根強いだろうが、それを真に受けるのはあまり利口なことではない。本筋から外れるので詳述は避けるが、別なテレビ番組で、上司から見た部下の問題として、街ゆく一男性が、上司世代代表として「ゆとり」世代を批判していた。画面に出たスーパーによれば、この男性の年齢は41歳。悲しいかな、指導要領が「ゆとり」方向に舵を切った第一世代である。ある意味、まあ、だから「ゆとり」世代はだめだ、と言えなくもないのだが。
10年春に学校を卒業した人のうち、就職できなかったり、就職から3年以内に退職する人の割合が、大学・専門学校生で52%、高卒で68%(いずれも中退者を含む)に上ることが、内閣府が19日に公表した推計で分かった。政府は、若者の雇用が予想以上に悪化しているとして、就職の「ミスマッチ(求職者と雇用者の意識の食い違い)」対策などを急ぐため、近く有識者による組織を設置し、6月をめどに就職支援の拡充策をまとめる。
--中略--
調査を行った内閣府は、学生が自らの適性や就きたい職業を十分に検討しないまま就職しているなどの課題を指摘した。在学中に実際の職場で就労体験をする「インターンシップ」が普及していないことや、学生の大企業志向が強いため、採用意欲が旺盛な中小企業との「ミスマッチ」が生じていることが、離職者や正規雇用の少なさの一因と分析している。
その後がどうなっているかが分からないので軽々に断じることはできないものの、学卒者の50%から70%近くが3年以内には無職の状態になっているというのは深刻な事態ではなかろうか。だからこそ腰の重い日本政府も就職支援の拡充策をまとめようというのだが、その主因をひたすら求職者側に求めている時点で事態の好転は難しいと思われる。
若者の3年以内の離職率については以前から問題になっていたので、すべてが雇用の問題と言うことはできないが、「ミスマッチ」を言う前に、そもそも選択の余地が若者たちに与えられているのか、という議論は必要だろう。さしあたって、親の援助などで食うには困っていない人間に賞味期限切れの弁当を与えたとして、それを口にしないのは責められることだろうか。「自らの適性や就きたい職業を十分に検討」したところで、それに合った職業が提供されないのでは意味がない。確かに大企業志向は強いだろうが、では「採用意欲が旺盛な中小企業」は本当に就職先としてふさわしいところなのか(「中小企業」が悪いということではなく、「採用意欲が旺盛」=「離職率が高い」=労働環境に問題がある、という話だ)。
ちなみに、この話題を取り上げたあるテレビのニュースでは、「ゆとり」教育の影響と指摘する声もある、と述べていた。確かにそういう声は根強いだろうが、それを真に受けるのはあまり利口なことではない。本筋から外れるので詳述は避けるが、別なテレビ番組で、上司から見た部下の問題として、街ゆく一男性が、上司世代代表として「ゆとり」世代を批判していた。画面に出たスーパーによれば、この男性の年齢は41歳。悲しいかな、指導要領が「ゆとり」方向に舵を切った第一世代である。ある意味、まあ、だから「ゆとり」世代はだめだ、と言えなくもないのだが。
言いたいことも言えないこんな世の中は [教育はだれのもの]
君が代に対する姿勢については、君が代を踏み絵に使うという不敬な輩とは議論が噛み合わない自信があるので、ここではただ、日頃批判している人も多いであろう北朝鮮で行われていそうなことをどうして嬉々として行うのか、という疑問だけ呈したい。その上でこの問題について。
君が代斉唱不起立:大阪府立高、口の動きもチェック 橋下市長の友人が校長---毎日.jp
「起立し、斉唱すること」と条例で定められているらしいので、それに従っているかどうかをチェックするのはある意味当然で、それが卒業式において校長が意を払うべきことかどうかはさておき、橋下の友人かどうかは別にさしたる問題ではない。
ただし、昔の学園ドラマなどでは、こういうケツの穴が小さく、粗さがしばかりをして騒ぐのはだいたい教頭の役目で、そしてそういう教頭は主人公に成敗されることと決まっていた。今や、粗さがしをする方がヒーロー扱いである。
閉塞感とやらは自分たちが作り出しているに違いない。
君が代斉唱不起立:大阪府立高、口の動きもチェック 橋下市長の友人が校長---毎日.jp
大阪府立和泉高校(岸和田市)で2日に実施された卒業式の君が代斉唱の際、学校側が教職員の起立だけでなく、実際に歌っているかどうかを口の動きでチェックしていたことが分かった。式典終了後の事実確認で、1人が起立しただけで歌わなかったと認めたため、府教委が処分を検討している。同校の中原徹校長は橋下徹・大阪市長の友人で弁護士。同市長が府知事時代の10年4月に民間人校長として採用された。
府教委などによると、式には教職員約60人が出席。府教委が事前に全校長に出した「起立斉唱を目視で確認」との指示を受け、教頭らが起立状況に加えて、口の動きをチェックした。全員が起立していたが、このうち3人について口が動いていないと判断し、1人が歌わなかったことを認めたという。
「起立し、斉唱すること」と条例で定められているらしいので、それに従っているかどうかをチェックするのはある意味当然で、それが卒業式において校長が意を払うべきことかどうかはさておき、橋下の友人かどうかは別にさしたる問題ではない。
ただし、昔の学園ドラマなどでは、こういうケツの穴が小さく、粗さがしばかりをして騒ぐのはだいたい教頭の役目で、そしてそういう教頭は主人公に成敗されることと決まっていた。今や、粗さがしをする方がヒーロー扱いである。
閉塞感とやらは自分たちが作り出しているに違いない。
野田首相が芋を食って公務員の尻から屁が出るか [この国のカタチ××]
言うまでもないことだとは思うが、アホにははっきり「アホ!」と言ってやらないと自覚しないので、敢えて述べておこう。
身を切ることが不可欠…公務員新規採用減で首相---読売
この後、岡田副総理が、新規採用の7割以上減をぶちあげたのはご存じのとおり。
国家公務員が政府、特に野田首相以下閣僚諸君の便益のために存在するというのであれば、「自らの身を切る」というのも分からなくはない。もちろん、そういう立場の者もいるだろうが、大半は国民のための存在、文字通り「公僕」である。現時点でもOECD比較で決して多いとは言えない数というのに、さらに減らすことによって血を流すのはいったいだれか。まして、極端に新規採用を減らせば年齢構成がいびつになって、10年後、20年後にその影響が出ることは間違いない。その時には民主党など消滅しているだろうから知ったことではないのだろうが、国民はそうではない。
マスメディアも、あまりにばかばかしくて正面から批判しないのかもしれないが、きちんと否定してあげないと非を理解できない人がこの世には存在する。少なくとも民主党の中枢にいるのはそういう類の人々である。
身を切ることが不可欠…公務員新規採用減で首相---読売
政府の行政改革実行本部(本部長・野田首相)は6日午前、国会内で会合を開き、2013年度新規採用の国家公務員数の上限を09年度と比べ、4割超削減する方針を決めた。
12年度比では2割超の削減となる。政府は今月中をめどに各府省の具体的な採用計画を策定する。
新規採用の抑制は、民主党の09年衆院選政権公約(マニフェスト)に明記された国家公務員総人件費の2割削減につなげるものだ。行政機関のスリム化で、消費税率引き上げを柱とする社会保障・税一体改革への国民の理解を得る狙いがある。
首相は会合で「一体改革を実行する上で、自らの身を切ることが不可欠だ。国民に分かりやすい成果を出す必要がある」と削減に強い意欲を見せた。
この後、岡田副総理が、新規採用の7割以上減をぶちあげたのはご存じのとおり。
国家公務員が政府、特に野田首相以下閣僚諸君の便益のために存在するというのであれば、「自らの身を切る」というのも分からなくはない。もちろん、そういう立場の者もいるだろうが、大半は国民のための存在、文字通り「公僕」である。現時点でもOECD比較で決して多いとは言えない数というのに、さらに減らすことによって血を流すのはいったいだれか。まして、極端に新規採用を減らせば年齢構成がいびつになって、10年後、20年後にその影響が出ることは間違いない。その時には民主党など消滅しているだろうから知ったことではないのだろうが、国民はそうではない。
マスメディアも、あまりにばかばかしくて正面から批判しないのかもしれないが、きちんと否定してあげないと非を理解できない人がこの世には存在する。少なくとも民主党の中枢にいるのはそういう類の人々である。
毒を以て毒を食わせる [この国のカタチ××]
共通番号制度 消費増税とセットで推進---東京新聞
「国民総背番号制度」は、財務省が大蔵省だったころからの「悲願」である。一方、消費税増税も同じ。どちらも一般国民には益少なく害が多そうな話であるが、これをセットにするとあら不思議、あたかも国民のためであるかのように見せかけれられる、と思ったのであろう。
日本の消費税はEU諸国よりも税率が低い、という主張がある。税率の数字だけ見ればそう見えるかもしれないが、そういう国々では食品や生活必需品には低率だったり無税だったりする。要するに、消費税導入以前の、「贅沢品」にのみ税金がかかっていた時代の日本と同じだという。税金がかかっている品は、買わなきゃ買わないで済むものであるわけだ。
それに対して日本では、とりあえず生活必需品にも低所得者にも一律賦課したうえで、後払いで返却する、それには「マイナンバー」が必要、という理屈である。上の記事では「税務署は個人や企業に納税者番号をつけ、税の申告状況を整理している。マイナンバーで所得把握する必要はない」と否定され、給与所得は低いが、資産から多くの利益を得ている場合、マイナンバーでは捕捉されず、低所得者として優遇される欠点も指摘されている。
間違いなく、次の選挙では民主党は大敗するであろう。その前に歴史に名を残そうというのだろう、この連中は。もちろん、悪名である。
政府は十四日、新制度を導入する法案を閣議決定。十七日に決定した一体改革大綱にも明記した。消費税増税で低所得者への負担軽減策となる「給付付き税額控除」のほか、医療や介護などの自己負担の合計額に上限を設ける「総合合算制度」の導入には所得を正確に把握する必要があり、共通番号は欠かせないと強調している。
政府は新制度について▽確定申告や年金受給手続きの簡略化▽年金手帳や健康保険証、介護保険証の機能を一枚のカードが持つ▽災害時の本人確認や保険金受け取りに活用できる-などと国民に便利だとアピールする。
ただ、政府にとっても所得の過少申告による脱税や税の不正還付を防げるという利点がある。
税理士の浦野広明立正大客員教授(税法学)は「税務署は個人や企業に納税者番号をつけ、税の申告状況を整理している。マイナンバーで所得把握する必要はない」と指摘。「国民のあらゆる個人情報を国が管理する国民総背番号制が目的だ」と導入に反対する。
「国民総背番号制度」は、財務省が大蔵省だったころからの「悲願」である。一方、消費税増税も同じ。どちらも一般国民には益少なく害が多そうな話であるが、これをセットにするとあら不思議、あたかも国民のためであるかのように見せかけれられる、と思ったのであろう。
日本の消費税はEU諸国よりも税率が低い、という主張がある。税率の数字だけ見ればそう見えるかもしれないが、そういう国々では食品や生活必需品には低率だったり無税だったりする。要するに、消費税導入以前の、「贅沢品」にのみ税金がかかっていた時代の日本と同じだという。税金がかかっている品は、買わなきゃ買わないで済むものであるわけだ。
それに対して日本では、とりあえず生活必需品にも低所得者にも一律賦課したうえで、後払いで返却する、それには「マイナンバー」が必要、という理屈である。上の記事では「税務署は個人や企業に納税者番号をつけ、税の申告状況を整理している。マイナンバーで所得把握する必要はない」と否定され、給与所得は低いが、資産から多くの利益を得ている場合、マイナンバーでは捕捉されず、低所得者として優遇される欠点も指摘されている。
間違いなく、次の選挙では民主党は大敗するであろう。その前に歴史に名を残そうというのだろう、この連中は。もちろん、悪名である。
「最後のボス」は他にいる [この国のカタチ××]
もともとこの人が弁護士だというのは悪い冗談だとしか思えないが、弁護士の免許はよほどの破廉恥行為がない限り取り上げられないのだろうから、まあ仕方ない。
橋下・大阪市長:全職員の政治活動調査 日弁連など「憲法違反」---毎日.jp
公務員の政治活動に一部制限があるのはご承知の通りだし、一方で、お役人の世界では、えらい人も下っ端も職場を挙げて選挙の応援に勤しんでいたりするもので(北海道でも昔「道庁マシーン」という言葉があった)、それを制限しなければならないというのも、一面では真理である。ただだからといって、公民権を停止されていたってできることまで「職務命令」でやったかやらないか、誰と関わったかまで告白させられるとあっては、憲法違反以前の問題である。日弁連やら市労連らが抗議したりするのも当然だ。だが、それに比べてメディアの扱いは非常に小さい。
橋下市長の「思想調査」 批判なし 問われるマスコミの姿勢---しんぶん赤旗
橋下およびその一味が怖いのは、彼らの政策の多くは、必ずしも彼ら自身の内的動機から出ているわけではなくて、われわれ国民の願望、というよりルサンチマンをくみ取り、吸い上げた結果から生まれているということだ。まだ橋下が政治家になる前、よくYTVのやしきたかじんの番組に出てしゃべっていたが、その中で彼が語ることの多くは彼独自の意見というより、2ちゃんねるかどっかでいかにも言われていそうな内容の「リツイート」であった。そういう流れを読む能力において、彼は間違いなく一流である(悔しいけれど)。
橋下の人権感覚を疑わせる事件として有名なのが光市の母子殺害事件の弁護人に対する懲戒請求だが、あれとて、世の中に流れる「悪人」を弁護する奴はたとえ弁護士でも許さん、という時流に乗っかったものであって、おそらく橋下の信念とかではないであろう。
だから、今回のアンケート問題も、仮に異議申し立て等が功を奏したとしても、世間に流れる「公務員=悪」という先入観、そして、ここ10年ぐらいで手をつけられないぐらい肥大化してしまった「悪」に対抗するためなら少々の悪事は仕方がない、というまるで芥川の『羅生門』さながらの観念を打破しないことには、人々の怨念は高まりこそすれ鎮まることはなく、ますます橋下、またはその類似品の下に結集することになろう。
橋下・大阪市長:全職員の政治活動調査 日弁連など「憲法違反」---毎日.jp
大阪市の橋下徹市長が全職員を対象に政治・組合活動に関するアンケートを16日まで実施し、日本弁護士連合会や市労働組合連合会などが「憲法違反」と猛反発する事態に発展。共産党の志位和夫委員長が16日の記者会見で「憲法で保障された思想・良心の自由や政治活動の自由をじゅうりんし、労働組合活動を侵害する不当労働行為。二重の憲法違反だ」と批判し、アンケートの廃棄を求めた。 アンケートは、昨年11月の大阪市長選で労組が前市長の支援活動をした疑いがあったとして、橋下氏が指示。市職員約3万5000人に記名式で回答を義務づけ、今月10~16日に実施された。特定の政治家の応援や組合活動への参加の有無など22項目を尋ね、非回答なら処分も検討するとしている。結果は、橋下氏の検討している職員の政治活動を制限する市条例案などに反映されるという。
公務員の政治活動に一部制限があるのはご承知の通りだし、一方で、お役人の世界では、えらい人も下っ端も職場を挙げて選挙の応援に勤しんでいたりするもので(北海道でも昔「道庁マシーン」という言葉があった)、それを制限しなければならないというのも、一面では真理である。ただだからといって、公民権を停止されていたってできることまで「職務命令」でやったかやらないか、誰と関わったかまで告白させられるとあっては、憲法違反以前の問題である。日弁連やら市労連らが抗議したりするのも当然だ。だが、それに比べてメディアの扱いは非常に小さい。
橋下市長の「思想調査」 批判なし 問われるマスコミの姿勢---しんぶん赤旗
橋下徹大阪市長による「アンケート調査」(「労使関係に関する職員のアンケート調査」)は、市職員の思想・信条の自由を否定し、労働組合の活動に介入する不当労働行為だけでなく、“政治家の応援”に「誘った人」という形で一般市民の実名も答えさせるなど、住民への監視にまで踏み出す重大な人権侵害事件です。
ところが大手各紙は、「維新八策」など国政進出の準備を進める橋下氏ら「大阪維新の会」の動きを大々的に報じながら、今回の「思想調査」事件を真正面から批判する社説や論評は一切掲載していないのです。
--中略--
このような報道姿勢は、主要テレビ各局(キー局)の報道番組でも基本的に共通しています。
違憲・違法が明らかな「思想調査」をはじめ、橋下氏が大阪で実際におこなっている“独裁”の中身は何も知らせず、「改革者」であるかのような幻想をふりまく――こうした大手マスコミの姿勢には、かつて「大日本言論報国会」のもとで侵略戦争を鼓舞した報道機関・言論人がたどった道に逆戻りする危うささえ感じざるをえません。 このような報道姿勢は、主要テレビ各局(キー局)の報道番組でも基本的に共通しています。
違憲・違法が明らかな「思想調査」をはじめ、橋下氏が大阪で実際におこなっている“独裁”の中身は何も知らせず、「改革者」であるかのような幻想をふりまく――こうした大手マスコミの姿勢には、かつて「大日本言論報国会」のもとで侵略戦争を鼓舞した報道機関・言論人がたどった道に逆戻りする危うささえ感じざるをえません。
橋下およびその一味が怖いのは、彼らの政策の多くは、必ずしも彼ら自身の内的動機から出ているわけではなくて、われわれ国民の願望、というよりルサンチマンをくみ取り、吸い上げた結果から生まれているということだ。まだ橋下が政治家になる前、よくYTVのやしきたかじんの番組に出てしゃべっていたが、その中で彼が語ることの多くは彼独自の意見というより、2ちゃんねるかどっかでいかにも言われていそうな内容の「リツイート」であった。そういう流れを読む能力において、彼は間違いなく一流である(悔しいけれど)。
橋下の人権感覚を疑わせる事件として有名なのが光市の母子殺害事件の弁護人に対する懲戒請求だが、あれとて、世の中に流れる「悪人」を弁護する奴はたとえ弁護士でも許さん、という時流に乗っかったものであって、おそらく橋下の信念とかではないであろう。
だから、今回のアンケート問題も、仮に異議申し立て等が功を奏したとしても、世間に流れる「公務員=悪」という先入観、そして、ここ10年ぐらいで手をつけられないぐらい肥大化してしまった「悪」に対抗するためなら少々の悪事は仕方がない、というまるで芥川の『羅生門』さながらの観念を打破しないことには、人々の怨念は高まりこそすれ鎮まることはなく、ますます橋下、またはその類似品の下に結集することになろう。
懲りない人々 [この国のカタチ××]
橋下氏の手法を批判 前大阪市長ら北大でシンポ---北海道新聞
“負け組”が揃って相も変らぬ橋下批判を行っている。しかも、大阪からの反撃を受けにくい札幌で。哀れである。
言うまでもなく、自分はもとより反橋下、嫌橋下である。だからこそ、彼の実力を見誤ったりしない。平松氏が負けたのはまさに、上で引用したような考えに凝り固まって、橋下の戦術にまんまとはまったからである。にも関わらず、その総括もできず、市民の支持を得られなかったことを棚に上げて、こんなことを言う。負けて当然である。
山口教授も同じ。よせばいいのにテレビで橋下と対決させられて「惨敗」した。もちろん、テレビという場で論破されたからといって彼の考えが誤っているとは限らないし、橋下の言い分が正しいと証明されたわけでもない。ただし、世間というジャッジが改めて反橋下陣営を批判的に見るきっかけを作ったことは間違いない。ゆえに、公の場で橋下批判をしたいならまずその前に橋下とリターンマッチをして、せめてドローぐらいに持ちこんでからでないと、ますます発言力を失うであろう。
私は橋下が嫌いだ。だから、叩くなら一撃で倒してもらいたい。アリバイ作りの様なへなちょこパンチは橋下を正当化し、増長させるだけである。
橋下徹大阪市長が支持を集める背景を考えるシンポジウムが9日、札幌市北区の北大で開かれた。
--中略--
北大グローバリゼーション研究会の主催で約300人が参加。パネル討論では北大大学院の山口二郎教授、中島岳志・准教授、池田浩士・京大名誉教授、昨年11月の大阪市長選に敗れた平松邦夫・前市長が、橋下氏に批判的な立場から意見を交わした。
--中略--
また、討論に先立ち、平松氏が市長選後初めて講演し、市長選の敗因を「橋下氏のイリュージョン(幻想)を振りまくスローガンと、批判精神のないメディアの存在に負けた」と分析した。
“負け組”が揃って相も変らぬ橋下批判を行っている。しかも、大阪からの反撃を受けにくい札幌で。哀れである。
言うまでもなく、自分はもとより反橋下、嫌橋下である。だからこそ、彼の実力を見誤ったりしない。平松氏が負けたのはまさに、上で引用したような考えに凝り固まって、橋下の戦術にまんまとはまったからである。にも関わらず、その総括もできず、市民の支持を得られなかったことを棚に上げて、こんなことを言う。負けて当然である。
山口教授も同じ。よせばいいのにテレビで橋下と対決させられて「惨敗」した。もちろん、テレビという場で論破されたからといって彼の考えが誤っているとは限らないし、橋下の言い分が正しいと証明されたわけでもない。ただし、世間というジャッジが改めて反橋下陣営を批判的に見るきっかけを作ったことは間違いない。ゆえに、公の場で橋下批判をしたいならまずその前に橋下とリターンマッチをして、せめてドローぐらいに持ちこんでからでないと、ますます発言力を失うであろう。
私は橋下が嫌いだ。だから、叩くなら一撃で倒してもらいたい。アリバイ作りの様なへなちょこパンチは橋下を正当化し、増長させるだけである。
悪いか!? [この国のカタチ××]
縁故採用宣言で岩波書店調査へ 厚労省---47NEWS
いつの間に、純然たる私企業が職員を採用するに当たって、その基準を指図されねばならなくなったのか。もちろん、違法行為だと言うなら話は別である。しかし、それを評価するかはさておき、縁故採用はまかりならぬという法はないはずである。あたかも公明正大に試験によって採否が決まるかのように見せかけて、実は出来レースという話も多く聞くなかで、さすがは岩波書店、縁故しか採りませんと明言するあたり、良心的ではないか。
このように基準を「公開」した以上は、当然その結果について経営者は責任を負う覚悟であろう。「天下の岩波が縁故とは嘆かわしい」と思う人が多ければ会社が傾くだけのことだし、縁故によって結果として業績が向上すればそれでいいのだ。
厚労省が調査に乗り出すと言うが、一体何の調査か。何の落ち度もないところに権力をかさにきて調査を振りかざし、嫌がらせをするなんてまるで「水戸黄門」の世界である。C型肝炎患者の救済など懸案事項が山積しているはずの厚労省がここまで暇だとは思わなかった。
ちなみに、小宮山厚労相はかのNHKの出身である。ご自身の周りに手に負えない縁故採用者が山ほどいたから「縁故」というだけで過剰反応してしまうのかもしれないが、NHKのような公的存在ですら厚労省が調査をしたという話は聞かないのに、変だとは思わないのだろうか。
老舗出版社の岩波書店(東京)が2013年度定期採用で、事実上縁故採用に限ると「宣言」していることをめぐり、小宮山洋子厚生労働相は3日、閣議後の記者会見で「早急に事実関係を把握したい」と述べ、調査に乗り出す考えを明らかにした。
東京労働局が近く同社から詳しい事情を聴き、今後の対応を検討するという。
いつの間に、純然たる私企業が職員を採用するに当たって、その基準を指図されねばならなくなったのか。もちろん、違法行為だと言うなら話は別である。しかし、それを評価するかはさておき、縁故採用はまかりならぬという法はないはずである。あたかも公明正大に試験によって採否が決まるかのように見せかけて、実は出来レースという話も多く聞くなかで、さすがは岩波書店、縁故しか採りませんと明言するあたり、良心的ではないか。
このように基準を「公開」した以上は、当然その結果について経営者は責任を負う覚悟であろう。「天下の岩波が縁故とは嘆かわしい」と思う人が多ければ会社が傾くだけのことだし、縁故によって結果として業績が向上すればそれでいいのだ。
厚労省が調査に乗り出すと言うが、一体何の調査か。何の落ち度もないところに権力をかさにきて調査を振りかざし、嫌がらせをするなんてまるで「水戸黄門」の世界である。C型肝炎患者の救済など懸案事項が山積しているはずの厚労省がここまで暇だとは思わなかった。
ちなみに、小宮山厚労相はかのNHKの出身である。ご自身の周りに手に負えない縁故採用者が山ほどいたから「縁故」というだけで過剰反応してしまうのかもしれないが、NHKのような公的存在ですら厚労省が調査をしたという話は聞かないのに、変だとは思わないのだろうか。
衆愚の選択という自覚 [この国のカタチ××]
やはりこの人たちは自分たちのことを、何か人に優れた存在か何かだと勘違いしているのだろう。
最悪シナリオ閲覧「数人」に限定 「混乱恐れて」と細野氏---47NEWS
情報とは人々の判断のよすがであり、適切な行動に不可欠なものである。それを与えなかったということは、東京都民を代表とする人々に避難などの行動を取らせないのが最善であると判断したからだろうが、ではそれが最善であるということは何によって証明することが可能か。今のところ結果論として、東京およびその周辺住民は積極的に避難せずとも放射線による被害は問題ないレベルにとどまっていると言われているが、情報隠しを決めた時点でその確証があったのならそう言うはずである。最重要視されたのは「事故対応」であって、そのためには多少の犠牲はやむを得ない、言外から伝わるのはそういう判断だ。
だが、情報を独占し、そういう判断をした「菅氏ら政権中枢」は、特別に知見や判断力が卓越した人々として選ばれたのではない。そういう超人を探して判断をすべて委ねるよりも、ごく普通の人々の多数が選んだ、ごく普通の人代表に任せる方が平時においては問題が少ない、というのが、長い年月を経てわれわれ人類がたどり着いた民主主義というシステムの基本原理であろう。だから、有事においての判断が的確にできるかどうかは保証の限りではない、というか、おそらく上手くできないであろう。所詮、普通の人代表なのだから。
では何ができるかと言うと、情報は確実に中枢に集まってくるはずなので、明らかなノイズを除いたうえでそれをできる限り人々に提供し、各自の判断に従って行動をさせる。その際、充分な情報が与えられていれば、全員は無理にしろ、かなりの数の国民は適切な行動がとれるはずである。パニックが起こるとすれば、情報提供の仕方に問題があったというべきであろう。もし大多数が適切な判断ができないとすれば、論理的には、そのような国民が選んだ政権は不適切な存在ということになる。
民主党の、少なくとも主要閣僚クラスの人たちはマニフェストを放棄することぐらい屁とも思っていないようだが、なんでそんな暴挙ができるのかと言えば、自分たちには一般国民より明らかに優れた判断力が備わっているから、自分たちがよしと思えば国民の言うことなど耳を貸す必要はない、と思い込んでいるからであろう。だが、悲しいかな、そういう人々を選んでしまうような目の利かない国民が選んだ代表である。その判断が自動的に正しいはずがない。民主党に欠けているのはそういうことに思いを致す謙虚さである。
最悪シナリオ閲覧「数人」に限定 「混乱恐れて」と細野氏---47NEWS
「シナリオの内容は現実にあり得ないもの。当時公開していたら、東京から人がいなくなった可能性があった。そうなれば、事故対応は危うかった」と言明。事故対応を優先した結果、菅氏ら政権中枢のごく一部の政治家でしか情報共有を図らなかったと説明した。
情報とは人々の判断のよすがであり、適切な行動に不可欠なものである。それを与えなかったということは、東京都民を代表とする人々に避難などの行動を取らせないのが最善であると判断したからだろうが、ではそれが最善であるということは何によって証明することが可能か。今のところ結果論として、東京およびその周辺住民は積極的に避難せずとも放射線による被害は問題ないレベルにとどまっていると言われているが、情報隠しを決めた時点でその確証があったのならそう言うはずである。最重要視されたのは「事故対応」であって、そのためには多少の犠牲はやむを得ない、言外から伝わるのはそういう判断だ。
だが、情報を独占し、そういう判断をした「菅氏ら政権中枢」は、特別に知見や判断力が卓越した人々として選ばれたのではない。そういう超人を探して判断をすべて委ねるよりも、ごく普通の人々の多数が選んだ、ごく普通の人代表に任せる方が平時においては問題が少ない、というのが、長い年月を経てわれわれ人類がたどり着いた民主主義というシステムの基本原理であろう。だから、有事においての判断が的確にできるかどうかは保証の限りではない、というか、おそらく上手くできないであろう。所詮、普通の人代表なのだから。
では何ができるかと言うと、情報は確実に中枢に集まってくるはずなので、明らかなノイズを除いたうえでそれをできる限り人々に提供し、各自の判断に従って行動をさせる。その際、充分な情報が与えられていれば、全員は無理にしろ、かなりの数の国民は適切な行動がとれるはずである。パニックが起こるとすれば、情報提供の仕方に問題があったというべきであろう。もし大多数が適切な判断ができないとすれば、論理的には、そのような国民が選んだ政権は不適切な存在ということになる。
民主党の、少なくとも主要閣僚クラスの人たちはマニフェストを放棄することぐらい屁とも思っていないようだが、なんでそんな暴挙ができるのかと言えば、自分たちには一般国民より明らかに優れた判断力が備わっているから、自分たちがよしと思えば国民の言うことなど耳を貸す必要はない、と思い込んでいるからであろう。だが、悲しいかな、そういう人々を選んでしまうような目の利かない国民が選んだ代表である。その判断が自動的に正しいはずがない。民主党に欠けているのはそういうことに思いを致す謙虚さである。
厭離穢土欣求浄土 [この国のカタチ××]
姉に死なれ、真冬に一人残された妹さんはどんな気持ちでその最期を迎えたのだろうか。さぞや苦しく、つらかったに違いない。
40代姉妹死亡:「生活苦しい」区役所に3回相談 札幌---毎日jp
福祉の現場は慢性的に人手不足と聞いているので、恐らくは気になっていながらもこの女性に手を差し伸べる余力がなかったのだろうとは思う。だが、このような事例が繰り返し報道されるたび、それでもなお、「なぜ?」と問わずにはいられない。なぜなら、誰にも救いの手を差し伸べてもらえずに野垂れ死にするのが明日の自分かもしれないし、明後日の自分の子や孫かもしれないのだ、これが日本の必然である以上は。少なくとも、年老いた身で重い障害を抱える子供を介護している方は、他人事とは思えず強い不安に駆られているに違いない。
世の中には、人間は隙あらば生活保護を不正受給しようとする生き物であるという人間観をお持ちの方もいるようだが、生活保護を受けるにはかなりの心理的障壁がある。その証拠にこの姉も、電気やガスを止められてしまうような状態でありながら、結局正式に申請することはなかったのだ(もちろん、一部で言われているように、申請しようとしたが「隠れ北九州方式」の犠牲になった可能性は否定できない)。それを思えば、3度も区役所を訪れて「今度書類を持ってくる」と言ったのは相当追い詰められていたであろうことが容易に想像できるし、そのまま姿を見せなくなったというのは、状況が好転したからではなく、悪化したか、生きることを諦めた可能性が高いことも充分想定すべきところであろう。人はなかなか他人を頼れないものだ。そして、勇気を振り絞って声を上げたにもかかわらず、期待した助けが得られなかったとき、その絶望は果てしなく深い。
これが商売であれば、3度も店を訪れて、購入意欲も有りそうだった顧客を、その後来なくなったからといってそのままで済ましたりするだろうか。最初の訪問で連絡先を訊いておき、来訪が無くなったら勧誘の電話をかけたりするところだろう。恐らく「人手不足」の四文字で片づけられるのだろうが、なぜこんな状態が放置されているのかをはっきりさせないと、仮に消費税が10%になろうが15%になろうが事態は変わるまい。
ちなみに、一般的に、料金未納が続いたときに最初に切られる公共サービスが電話、次に電気で、最後の最後に水道だといわれる。水を絶たれると生存に直結するからだが、死に直結しかねないという点において、冬の北海道でガスや電気を止めるのも全く同レベルであろう。伊達や酔狂で滞納できるものではない。にもかかわらず、関係機関に連絡するなど福祉的アプローチを取らず、事務的機械的にその供給を止めたガス会社や電気事業者も、規則で認められていようと、鬼畜のそしりは免れまい。
それとも、日本人は、天変地異に遭った者しか救わないのだろうか。
40代姉妹死亡:「生活苦しい」区役所に3回相談 札幌---毎日jp
札幌市白石区のマンションで知的障害のある妹(40)と姉(42)とみられる遺体が見つかった問題で、この姉は約1年半前から3回にわたり区役所に生活相談に訪れ、生活保護申請の意向をみせていたことが、市役所への取材で分かった。姉は自身の仕事や妹の世話をしてくれる施設も探していたようで、その最中に急死し、連鎖的に悲劇が起きたとみられる。
札幌市保護指導課によると、姉は10年6月、11年4月、同6月の計3回、区役所を訪れ「生活が苦しい」と訴えた。2人の収入は中程度の知的障害がある妹の障害年金だけだったとみられる。昨年6月、姉は「今度、生活保護の関係書類を持ってくる」と言って必要な書類を聞いて帰ったが、その後は相談がなかった。
福祉の現場は慢性的に人手不足と聞いているので、恐らくは気になっていながらもこの女性に手を差し伸べる余力がなかったのだろうとは思う。だが、このような事例が繰り返し報道されるたび、それでもなお、「なぜ?」と問わずにはいられない。なぜなら、誰にも救いの手を差し伸べてもらえずに野垂れ死にするのが明日の自分かもしれないし、明後日の自分の子や孫かもしれないのだ、これが日本の必然である以上は。少なくとも、年老いた身で重い障害を抱える子供を介護している方は、他人事とは思えず強い不安に駆られているに違いない。
世の中には、人間は隙あらば生活保護を不正受給しようとする生き物であるという人間観をお持ちの方もいるようだが、生活保護を受けるにはかなりの心理的障壁がある。その証拠にこの姉も、電気やガスを止められてしまうような状態でありながら、結局正式に申請することはなかったのだ(もちろん、一部で言われているように、申請しようとしたが「隠れ北九州方式」の犠牲になった可能性は否定できない)。それを思えば、3度も区役所を訪れて「今度書類を持ってくる」と言ったのは相当追い詰められていたであろうことが容易に想像できるし、そのまま姿を見せなくなったというのは、状況が好転したからではなく、悪化したか、生きることを諦めた可能性が高いことも充分想定すべきところであろう。人はなかなか他人を頼れないものだ。そして、勇気を振り絞って声を上げたにもかかわらず、期待した助けが得られなかったとき、その絶望は果てしなく深い。
これが商売であれば、3度も店を訪れて、購入意欲も有りそうだった顧客を、その後来なくなったからといってそのままで済ましたりするだろうか。最初の訪問で連絡先を訊いておき、来訪が無くなったら勧誘の電話をかけたりするところだろう。恐らく「人手不足」の四文字で片づけられるのだろうが、なぜこんな状態が放置されているのかをはっきりさせないと、仮に消費税が10%になろうが15%になろうが事態は変わるまい。
ちなみに、一般的に、料金未納が続いたときに最初に切られる公共サービスが電話、次に電気で、最後の最後に水道だといわれる。水を絶たれると生存に直結するからだが、死に直結しかねないという点において、冬の北海道でガスや電気を止めるのも全く同レベルであろう。伊達や酔狂で滞納できるものではない。にもかかわらず、関係機関に連絡するなど福祉的アプローチを取らず、事務的機械的にその供給を止めたガス会社や電気事業者も、規則で認められていようと、鬼畜のそしりは免れまい。
それとも、日本人は、天変地異に遭った者しか救わないのだろうか。
生命あっての物種 [この国のカタチ××]
ピーチ、250円航空券販売でネット大炎上!絶対乗らない!---zakzak
「貧すれば鈍する」と言うが、懐具合がさみしいと判断力も低下するのだろうか。日本の航空運賃は割高だと言われるが、旅客機という乗り物にひとつでも手違いがあると何百人もの生命を一瞬で失いかねないことはかのJAL123便の例を挙げるまでもなく明らかであろうのに、新千歳-関空や関空-福岡が250円なんていう「航空券などよく買う気になれるものだ。
もちろん、全席250円のはずもないし、その便の実売り上げをもとに飛行機を飛ばしているわけでは無かろうから、250円の席がある便だからといってそのまま安全コストが切り下げられているとは限らない。だが、考えてみるがいい。こんなキャンペーンをやれば、フェルミ推定など使わなくとも、一体どれだけオーダーのアクセスがあるかぐらいは簡単にはじき出せそうなものである。「2日間で約30万人がアクセスした」(毎日)というのに、全くそれに対応できるだけの準備を怠っていたわけだ。当然、コストを考えてのことだろう。こんな航空会社が、何万分の一や何十万分の一の確率のリスクにきちんと向き合っているとは到底思えない。
さすがにみんなもそこまで馬鹿では無かろうから、キャンペーンが終わって普通の価格設定になったらこの航空会社を使わなくなるのかもしれないが、こんな危なっかしい会社である、最初の便だから事故はない、などとどうして断言できるだろうか。
100円ショップ商品を筆頭に、一見従来の、ディスカウントではない商品と同等品質に見える商品が珍重される風潮が強まっている。低額商品は、簡単にいえば「コストダウン」の成果に違いないが、その「コスト」が何のために支払われていたものかぐらいは考えてみた方がいい。極端な話、人命もカネに換算してしまえば、おそらく5千万から1億円ぐらいのものだろう。仮に1人ぐらいは死者が出るリスクがあったとしても、トータルで1億円以上売り上げる事ができるなら短期的にはビジネスとして成立するのである。そこまで自覚していなかっただろうが、そう考えたと言っても過言ではないのが、「焼肉酒家えびす」の例ではないか。あそこの社長はエキセントリックな記者応対をして一躍悪役認定されてしまったが、常識で考えて、ユッケがあんな低価格で提供できるわけがないのだ。亡くなった人や重い後遺症を負った人には申し訳ないが、そういう判断力がわれわれにも必要だし、たとえマスメディアで好意的に取り上げられていようと、怪しいものには手を出さないこと、それが結局われわれの周りに「危険物」を近づけない最良の方法である。
安いものには裏があるのだ。手を出すからには、その覚悟が必要だろう。
鳴り物入りのキャンペーンだったが、肝心のネット経由の販売がとんでもないことに。同社のフェイスブックには次のようなコメントが踊った。
「(午前)10時から挑戦したけど、『お手続きしております。少々お待ち下さい』で4時間…気が付いたら、(午後)3時過ぎてた…はぁ」
「ネットで三時間全然取れなかった!システムが悪いのでは」
こうしたコメントがある一方、「15時30分過ぎてやっと遅いながらも表示されるようになりましたね。しかも250円席、まだ残っている」と書き込む向きも。購入希望者の大混乱ぶりが分かる。
システムに対する不満が同社に向けられ、「この価格(片道250円)の10倍払うから先ずシステムに金使うてくれや!」「ここまで貧弱な予約システムとは。フラッシュ使いまくりなデザインとかよりまともな予約システムにして欲しいな」と、ごもっともな意見が寄せられていた。
「貧すれば鈍する」と言うが、懐具合がさみしいと判断力も低下するのだろうか。日本の航空運賃は割高だと言われるが、旅客機という乗り物にひとつでも手違いがあると何百人もの生命を一瞬で失いかねないことはかのJAL123便の例を挙げるまでもなく明らかであろうのに、新千歳-関空や関空-福岡が250円なんていう「航空券などよく買う気になれるものだ。
もちろん、全席250円のはずもないし、その便の実売り上げをもとに飛行機を飛ばしているわけでは無かろうから、250円の席がある便だからといってそのまま安全コストが切り下げられているとは限らない。だが、考えてみるがいい。こんなキャンペーンをやれば、フェルミ推定など使わなくとも、一体どれだけオーダーのアクセスがあるかぐらいは簡単にはじき出せそうなものである。「2日間で約30万人がアクセスした」(毎日)というのに、全くそれに対応できるだけの準備を怠っていたわけだ。当然、コストを考えてのことだろう。こんな航空会社が、何万分の一や何十万分の一の確率のリスクにきちんと向き合っているとは到底思えない。
さすがにみんなもそこまで馬鹿では無かろうから、キャンペーンが終わって普通の価格設定になったらこの航空会社を使わなくなるのかもしれないが、こんな危なっかしい会社である、最初の便だから事故はない、などとどうして断言できるだろうか。
100円ショップ商品を筆頭に、一見従来の、ディスカウントではない商品と同等品質に見える商品が珍重される風潮が強まっている。低額商品は、簡単にいえば「コストダウン」の成果に違いないが、その「コスト」が何のために支払われていたものかぐらいは考えてみた方がいい。極端な話、人命もカネに換算してしまえば、おそらく5千万から1億円ぐらいのものだろう。仮に1人ぐらいは死者が出るリスクがあったとしても、トータルで1億円以上売り上げる事ができるなら短期的にはビジネスとして成立するのである。そこまで自覚していなかっただろうが、そう考えたと言っても過言ではないのが、「焼肉酒家えびす」の例ではないか。あそこの社長はエキセントリックな記者応対をして一躍悪役認定されてしまったが、常識で考えて、ユッケがあんな低価格で提供できるわけがないのだ。亡くなった人や重い後遺症を負った人には申し訳ないが、そういう判断力がわれわれにも必要だし、たとえマスメディアで好意的に取り上げられていようと、怪しいものには手を出さないこと、それが結局われわれの周りに「危険物」を近づけない最良の方法である。
安いものには裏があるのだ。手を出すからには、その覚悟が必要だろう。
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